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漕艇競技に望むこと
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「4+の復活」 「つくる」の中でも紹介している舵手付ナックルペアです。戸田ではタブペアと呼んでいました。 ところでスゥイープこと1本オールの4+は2000年の国体を最後に高校の種目から消えました。代わって2001年より4×+になりました。どうして日本は国際レースに無いようなものをまた・・・。 KFもそうでした。みんなが望んでいたのかという疑問もあます。いつの間にか決定したことのように思います。 話変わってこのナックルペアに乗りました。私はスカルも漕ぎますがこっちのほうが実におもしろい。雪が解けるのを待って二輪にエンジンをかけているのと同じようにわくわくしました(この比喩はバイク小僧にしか・・・)。何故、消えちゃったんだろうという思いがさらに大きくなり心に穴が開いたようになりました。別に4×+がいけないと言うのじゃなくて、4+にさらに4×+種目を加えたかたちにできなかったんだろうか?いろんな種目があるのにスカル種目・・「??・・俺だけ???・・・?」 こう思っているのは私だけなのでしょうか?で、もって閃いたのがボート関係者にアンケートをお願いしてみようと言うことです。2005年の大学4年生以降の選手は高校で4+の大会を経験していないのです。現役の中高大学生のボート選手やOB、選手の家族のみなさん◆署名用掲示板を◆設置しました。是非、意見を載せて下さい。
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「補欠選手」 漕艇競技のなかで控えの選手の扱いは特異なものだと思う。 予選を戦ったメンバーが最終レースまで出場する。選手自身の大病とか家族が危篤だとかのよほどの事情がないと控え選手とのメンバー交代をすることが出来ない。ボート競技ではそれがあたりまえじゃん、と言うひともいるけどこれは日本のローカルルールだ。この要望は潮来インターハイの全国高体連ボート専門部のブロック審判員(というな名称だった)でも他ブロックからもでていた。補欠は補欠以外のなにものでもないような感覚がある。いつでも自分のチームの選手と交代できないなら選手の一員とは呼べない。事実、正選手になれないなら退部する生徒らがいる。4×+、2×、1×で漕手7人、舵手1人計8人しか選手になれない。他の距離競技と比べてみても正式種目が多くあるなかで漕艇競技ほど高校生に与えられている種目数が少ないのはないだろうと思う。本来なら1、2、4×、2−、2+、4−、4+、8+と8種目で29人のレギュラーと12人のリザーブ(艇定員の半分と計算して)で計41人だ。レギュラーになれる数が多い分、選手は勝利を目指して頑張る。近年、部員不足で廃部に追い込まれている部が多い。国際レースで勝つためにはしょう艇でということで高校種目が4+からスカル化したという噂も聞くが競技人口が増えなければレベルは上がらないのではないのか。高校の種目を変更するより小学生くらいの子供でも乗れるふたまわりぐらい小さな艇を開発するほうがよほど現実的だ。 補欠選手という扱いではなく例えば4×+だったら漕手が6人に舵手1人というような形のほうが自分は選手だと胸をはって誇らしてあげることも思春期の生徒らに教育上の配慮の面からもいいだろう。 したい理由はあるのに出来ない理由は明確でない。多分試合管理が複雑になるくらいだろうか。このことは4+復活と同じくメインテーマでもある
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「主審と競技場」 モータボートに乗ってレースをジャッジするのが主審である。また戸田コースのようにコースが長方形で湖岸がコースと平行になっている所は地方の競技場ではあまりない。その中でも岸がコースに近く、その岸が大きく湾曲している場合などがある。主審は選手の安全のため1×や2×の場合方向指示を与えるケースがある。その時にこのようなコースだと艇進行方向を見誤る可能性がある。実際に私が指導していた選手の例である。他の2艇が合い寄り状態となり主審艇は分けるために2艇の間にかなり近づいた。コールをしながら他方の選手らに目をやる向こう側にある岸はコースと平行ではなく、また分けるためにレース艇に近づいたため角度的にはかなりきつい。「○○、舵左」の号令を自分の選手が受けた。「あっ」思ったが指示に従い2本こいだら案の定コースから外れてしまった。主審はつかさず「○○、舵、右」。曲がっていないのを誤認したのだ。結果は惨敗、その後も後を引きファイナルまでのこれなっかった。実際には殺してやりたいくらいの怒りがこみあげた、しかしである、その土地の人でもないものが大会当日に主審艇に乗り正確なジャッジはできない。出来るものなら主審予定の審判員にはレース前日でも開催地の選手以外の部員でも使って艇をコースに放ちシミュレーションとコース確認をやるべきだ。他競技に比べるとどうだろ、審判員が審判をすること自体が圧倒的に少ないのがボート競技ではないだろうか。審判試験を難しくする必要はないが審判回数が少ないという事実がある分シミュレーションを含む実技的なことの試験レベルを上げて欲しいと考える。 また「審判員に間違いがあってはならない」という考え方はどの競技でも同じだろうが、「間違いがあってはならない」を尊守する故に「間違いを認めない」という間違った行動をする審判員にどの大会に行っても出合います。漕艇競技審判員であればこそ「すみませんでした」の一言を発して欲しいと思います。 漕艇競技における審判員の役割は 「漕跡の正当性」を評価する ことにあるのですから審判員にこそアマチュアイズムの心を選手に教授できるように成って欲しいです。
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「漕艇とボート」 過去に月刊ローイング誌かなにかで見たのだろうか、漕艇競技という言葉が一般大衆受けしないため競技を理解できないので誰もが理解できるようにボート競技と変更すると。TV会社がボート競技に変更しないと放映しないといった話も聞いたことがある。またそれに伴って競艇ではボートという名称を使用しないことを約束してくれた。と いまさらボート競技を漕艇競技に戻して欲しいなんていわないけど、現役時代よく「いい体してるね。何かやってるの」と聞かれるとやはり漕艇と言ってもわかんないだろうから「ボート」と答えてしまう。「へぇ、競艇選手なの」と必ずといって良いほど言い返された。かなりの数の団体が○○漕艇部や端艇部から○○ボート部へ名称変更した。でも世間様の認識はボートイコール競艇のイメージが強いのだ。またサテライトと呼ばれる場外船券売り場が地方にはあるのだが結構テレビCMが流れているのを目にする。CMの終わりの決め言葉「エキサイティング ボートレース!!]
.....「あれっ?!]である。 野球関連の記事(番組だったかな?)で籠球はバスケットボールへ庭球はテニスへ蹴球はサッカーへと名称をもどしたが野球はベースボールにならなかった、ベースボールがではなく野球は日本のスポーツとなったからだ。 ボート選手より漕艇選手、戸田ボートコースより戸田漕艇場の響きがいい。
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「レガッタシャツとローイングスーツ」 ローイングスーツを選手が着用するようになったのは1990年のなか頃だろうか。それまではレガッタシャツが主流だったが、高価だったためそれ以外のユニフォームの選手も多かった。レガッタシャツには首まわりに縁取りがしてあり胸元がボタンで開くようになっている。ここにも縁取りがしてあって持ち主のスクールカラーだったりするわけです。ところでこの縁取りは洋服などの襟を省略したものであるらしい。ゴルフなどは現在でも選手は襟のない服装でコースに入ることができない。いわゆる襟の着いたものを身につけることが紳士の身だしなみの一つと考えられてきたからだ。ローイングスーツに衿や衿を略したモノはないが、こういったことを考えたとき大会会場でローイングスーツを腰まで脱いでいる上半身裸の選手を見ると残念に思う。同じイギリス生まれのゴルフにはマナーとして毅然として存在するのにローイングスーツになってオアーズマンの心もレガッタシャツと一緒に何処かへ脱ぎ捨ててきたようだ。
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