指導者が刑事責任及び民事責任から逃れる方法

 

2003年11月、戸田三菱艇庫において高体連ボート専門部東地区の指導者講習会が行われました。その中の一つに弁護士の竹之下義弘先生をお招きして「ボート競技(スポーツ)事故とその予防」をテーマに講義頂きました。


「責任から逃れる方法」と題したのは責任を追わないように日々の部活動を指導、管理していく、それこそが選手らのリスクを軽減し、事故の可能性の芽をつむものではないかと感じた次第です。

 

竹之下先生の話をボート競技に照らし合わせながら私なりにまとめてみました。さらにこれを参考にして私が指導している由利工業高校漕艇部の実際の判別ラインを今一度確認してみたいと思います。このサイトを見て下さる指導者の何らかの手助けになればと考えます。また、普段こういったことを深く考える機会はあまりありません。きっかけとなった東地区担当者並びに講師竹之下先生に感謝する次第です。また竹之下先生が講習時に用意された資料を一部lこの文の説明に用いている事をお断りしておきます。また私自身法律の専門家でないの法的説明、解釈に多少の誤りがあるかもしれませんがあくまで安全対策を主としていますので、その辺のところはご理解下さい。

 

竹之下先生の
プロフィール

 


○法律上の基礎知識
 

1.

スポーツ事故の当事者
スポーツ事故の当事者をここでは選手と指導者(監督、コーチ)として書き進めます。なお大学生においては成人、または成人に近く、学生の自主性を尊重するもので、安全の準備、対処を自ら行えるものであるのでここで言う選手とは高校生以下を対象とします。なお大学、社会人選手の場合にはここで言う指導者が対処する(後述)ことを自ら考えることが出来るならば自らを危険から遠ざけることの要素になり得ると考えて下さい。

被害者と成りうる者

選手、部員(選手以外のマネージャーなど)

加害者と成りうる者

監督、コーチの指導者

刑事責任

学校(私立校)、都道府県(公立校)

民事責任

 

 

 

 

2.

事故の責任1−刑事責任

 

 

 被害(死傷)が発生した場合の刑事責任の観点はその事故が刑罰を必要とする事件なのかと言う点になります。そしてそのなかに過失行為はなかったのか、結果を回避するために適正な行動が取られなかった場合には過失があったといえるでしょう。その場合、事故結果を予見する可能性の程度やそれにより結果回避の為の有効な手段は何だったのかということが問題となります。つまり誰でもその結果に至る可能性の高さを考えられる事ができ、またそれに対する回避方法が誰にでもできることであるならば「過失は大きい」と、表現出来るでしょう。またその予測できる結果が重大性を帯びるほど過失の度合いは大きくなります。
 さらに、事故が過失行為の結果生じたことで過失行為者が、ある行為をしたならば結果の発生を回避することができ、かつ行為者がその行為をすることができる地位にあるという因果関係が刑事責任で追及する所となるでしょう。
 参考までに過失致死傷害の場合50万以下の罰金、業務上過失致死傷害の場合は懲役5年の実刑判決まであります。

 

結果回避義務の不遵守

 

 

 

 

警察の調書が検察に送られここで起訴を判断して裁判となる。

顧問は業務上になる場合が多い

 

 

 

3.

事故の責任2−民事責任

 

 

 民事責任は被害者となった選手の保護者などが、その事故に対しての損害補償を求めるものであり、私立高校の場合には学校を公立高校の場合にはその学校所轄の都道府県を過失理由により損害を請求するものです。またその責任は大会主催者や施設管理者施設用具製造者にまで及ぶのですが、ここではあくまで選手と指導者の関係だけにしたいと思います。



民法717条
民法709条

 

 民事裁判に至った場合、被害者(選手自身)の責任と加害者(指導者)の責任所在を明確に追求していくわけですが、その中で指導者が知ってなければいけないのは次の事項でしょう。

 

 

 

 

 

@スポーツ指導者と非指導者との間には指導契約が存在する。これはスポーツクラブとその会員、学校と生徒の間に存するものです。またこの指導契約のなかには
   @)技術指導
   A)安全指導、安全管理(事故発生の危険性内在)

が含まれ、さらにこの指導契約に付随して指導者には、被指導者の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務がある。

最高裁判例

 

 

 

 

A指導者は安全配慮義務を負う。これは企業と従業員、国・地方公共団と公務員、学校と生徒など何らかの法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者が相手方に対して信義則上負う義務です。
具体的には

@)

被指導者の身体状態・健康状態を監視し、スポーツ参加が健康状態に悪影響を及ぼす可能性があるときは、救護措置をする義務。

A)

被指導者の技量に照らして、危険性を回避するのに適切な措置を執る義務

B)

危険性の高い指導を行わない義務

C)

自然現象の影響を受けるスポーツにおいて、危険な状態かどうかに十分注意し、必要なときにはスポーツを中止か、一旦中止し状態の変化を待つ義務
 

などを怠ると安全配慮義務違反となります。

 

 

 

 

4.

その他 いざというときのための保険

 

 

安全に幾ら配慮しても事故は起きてしまいます。人為的な要因を取り除いても突発的な要因や偶然に偶然が重なったりして事故は起きてしまうでしょう。そんな時のため、スポーツ障害、損害の為の保険に加入するのも良いかもしれません。

スポーツ安全保険

(財)スポーツ安全協会

スポーツ団体傷害保険

/損保各社

(財)日本体育協会公認スポーツ指導者総合保険

全国市長会市民災害賠償補償保険

 


○実際の練習に重ねて法律上の責任を考える。
 
例えば練習時の乗艇するかしないかの判断基準を作ることは法律上の過失責任や安全義務の責務を軽減してくれるものだと考えています。下の表は自分の部で通常行われてい事柄ですが、もう少し付加し、明文化することが必要かもしれません。判断基準を決めたから事故が起こらないのではなく、事故を起さない為のスタートがここになるのでしょう。また、更にそして常に、吟味していく必要があるでしょう。

 

 

由利工業高校漕艇部の場合

乗艇開始

天候による判断

流れ

流れに逆らってペア漕ぎ(4人のうち2人)でノーワークを行い艇が前進できること。これが流れのある中で艇をコントロール出来る判別線としている。

風が強いときはあまりないコースだが地形上都合よくコースに沿って風が走るので常設のランドマークが45°以上傾くようであれば乗艇練習は行わない。

雨に関しては格別対処していない。健康上帽子を着用することと降艇後、片づけより着替えを先に行うことを指導している。

現在の練習艇は波が高いと4人(4×+)や2人(2×)で漕ぐことができなくなる。この波の高さを判別線とする。

乗艇中

天候の変化

乗艇開始時の判断をそのまま変化時にも適応。

監視可能の是非

殆どは目にはいる状態でのエリアを指定して練習を行っているかモータボートを伴奏させている。また指導者が直接目視できない場合の練習は複数杯の艇で乗艇しエリアが広がるが10分以内ていどの時間ごとにお互いのクルーが確認できるように練習メニューを組んでいる。

乗艇時には必ず一艇に付き一個のホイッスルを携帯(首掛)することを選手に義務づけている。以下のホイッスルの使用方法も選手らには指示してある。落ちたクルー自身または発見したクルーがホイッスルを吹き鳴らしそれを聞いたクルー(沈した艇と指導者との間に位置)が鳴らし次々と音を連結することによって連絡(救助要請)の時間を短縮する。

何らかの事情で練習場に来れない場合は他校の指導者の所在確認をして落水時の救助をお願いしておく。上記の救助要請の仕方を選手に指導することによって安心までとはいかないが、他校の指導者が練習場に居れば不安を抱くことはない。

落水時の指示

指示は2つ。「泳ぐな艇に掴まって救助を待て」「艇の損傷する恐れを考えて行動するな(壊してもいいから安全なポジションを取れ)」

救命具の着用

一年生は夏期休業にはいると水泳部の顧問に預け、水泳練習を行う。泳力未熟の場合には1週の予定を2週に引き延ばす。これが終了するまで1年生が1×で乗艇する際や入部間もない時期の2×乗艇の際にはライフジャケットを着用させている。自己申告の「泳げます」は認めていない。このときライフジャケット着用方法を必ず確認する。以前、着用の仕方が悪くて落水時にずれて動きが不自由になった経験から。

艇の操作方法

コースの利用方法をしっかり守らせる。利用方法は安全を考慮してローイング(力漕)禁止エリア、進入禁止エリア等細かく取り決めてある。

艇の操作(操舵)について
 仮に横、又は斜め前方から風が吹いていて艇を旋回させるときは風に逆らうか向かうかたちでの旋回を指導。この逆で旋回すると急に加速し岸に接触または衝突の危険がある。また同じ意味で風、流れがあるときの桟橋への接岸方法を指示してある。同じく艇の離岸方法も細かく指示してある。
 橋脚付近で艇を旋回させるときは必ず川下がわで旋回させる。川上側で旋回するときは橋脚から100m以上上流に位置すること。旋回時に流されて橋脚に衝突する可能性がある。
 ローイングをやる前に振り向き進行方向を確認する。艇の航路を川の中に定めそのライン上を進行する。これは川が直線でなく曲がりくねっているため常に同じラインをトレースすることによって地形を覚えさせることが出来る。生徒には目安となる建造物等の指示を行っている。
 遅い時間の乗艇にはライトを点灯させること。ライトを所持してない場合は一度練習を中止し取り付けること。暗くなる前に点灯させること。

健康上

降雨時には帽子やタオルを、また対脱水症状用に水を所持することを指示。

その他

安全上

夏期休業中に水泳練習を行っているが、冬期間3ヶ月間週2回ペースで水泳部顧問の先生にお願いして水泳練習をおこなっている。
 現在部員が少ないのでできないがなるレギュラーメンバ以外はレベルや知識の高いものと低い者を混ぜてクルー編成している。やはり低い者だけの編成ではリスクが大きいと考える。

健康上

ウェイト練習時の怪我防止のためウェイトリフティlング選手の指導でフォームの基本を教授してもらっている。3年前より県の強化練習の一つになった。
 入部時個別ミーティングにより過去の怪我や持病を把握している。
シーズン中(夏)にレース仕様に体重をコントロールするためランニングをしているが夏場は気温が高ので(連続運動は)脱水症状をおこさぬよう20分前後におさえている。また運動時に多い脱水症状、過呼吸等の対処方法は指導者の知識として理解しているつもりでいる。また自分で対処するより病院へ運ぶまたは連絡するのがベストだと思っている。

その他

艇庫から桟橋まで艇の運搬時に車両とすれ違うことがあり危険だと思い施設の責任者に書類をもって交通の規制を申し入れたが(施設の管理する部署の担当も目を通した)認めてもらえなかった。これからも機会が在る毎にお願いするつもりでいる。事故が発生した場合上記の民法717条に抵触する恐れがあるが、ボート関係者のただの我が儘な意見と捉えている可能性もあるかもしれない。


○泳力とライフジャケット
 

 

ここ数年の痛ましい事故により、ライフジャケット着用を義務づけた県もあります。しかし、その前にです。戸田での講習会で竹之下先生の話を理解していくうちに一つの疑問が浮かびました。最後の質疑応答の際に先生にその疑問を次のように問いました。

 

 

「高校生がインターハイや国体の全国大会に出場するときの大会要項に選手は50m以上泳げることと書いています。これはボート選手が泳げなければならないと言う認識になると思います。その場合、部で水泳指導をしなかったり、選手に水泳練習をする機会を与えなかったりした場合これは安全配慮義務違反にあたる気がするのですがどうでしょうか。」

 

 

時間が予定より超過していたため細かい説明はなかったが竹之下先生は一言

 

 

「安全配慮義務違反となります。」

 

 

それぞれの受講者らが異なる解釈をしているかもしれないが、私の解釈はこうです。「ライフジャケットより先に水泳指導が選手らには必要であり、指導者には選手に水泳練習をする機会を与えること、と選手の泳力を把握する義務ある」はずです。

 

秋田県ボート協会としての取り組み(強化部)

 

由利工業高校では冬期間の水泳練習は恒例となっていますが、他県の事故を重く受け止め秋田県のボート協会強化部でも昨年度より安全対策のための水泳講習を行うことにしました。当然ながら県水泳連盟の水泳専門の人に講師をお願いしています。昨年度までは「水泳練習の機会を選手にあたえている」だけにすぎませんでした。今回から、さらに選手各人の泳力を把握する必要性を考えていますが、我々が中途半端な泳げる、泳げないの判断を下した場合過失の恐れも出て来るのではないでしょうか。そこで考えた末、水泳部顧問に相談したところ日本水泳協会が認定する「泳力検定」なるものが存在するとのことでした。これならば、その道の専門家が認定するのだから泳力の把握は信憑性をもつことになります。
そして県協会や指導者が安全配慮義務を遂行するためには次のような方法が得策だと考えられます。

@水泳練習をする機会を生徒に与える

各団体でスイミングスクール等に通わせるかまたは協会で水泳指導を実施する。今回は協会主導で20時間程度を計画

A泳力検定実施

最低年1回以上実施し個々の泳力の把握を行う。県水泳連盟にお願いし本荘市で3月7日実施予定。(次回11月)

B非認定者へのライフジャケット着用義務

検定を受けなかったり、不合格者には練習時や大会時(県外を含む全ての大会)にライフジャケットの着用を義務づける。

これは事故発生を軽減する、現在考えうるベストの方法だと思います。もちろん認定取得後のライフジャケットを着用を禁止するわけでもありません。ライフジャケットを着ける、着けないで議論するより選手一人一人にとってライフジャケットが必要か否かの判断が出来る必要があると言うことです。もしかすれば将来全ての選手に着用が義務付けられるかもしれませんが、ただ、現在、「着用させる必要のある選手がいる」ことだけは確かなのですから。

泳力検定は水泳連盟が主催する大会の一部として行われなければいけないようです。水泳競技普及のために作られたものですが、専門家よる正式な認定が存在することはボート協会にとっては喜ばしいことではないでしょうか。我々にとって少し問題となるのは認定がタイムより判定される点です。このとき最下級認定は25m距離となっており、それ以外は50m(または、以上)となっています。その50mに設定されている認定タイムを見ると結構ハードルが高いように思います。あくまでタイムによる泳力判断となっていますので、25mの認定でもBのライフジャケット着用義務から除いても良いかとも考えています。この辺はシーズン前の県ボート協会の論点にする必要があるでしょう。

最後にこの泳力認定受験は「大会要項」に法的解釈を加え「安全配慮義務」を考慮した場合の一つの手段に過ぎません。しかし、そのことにより漕艇競技選手の安全性が向上して欲しいと願っています。

参考資料 泳力検定基準表   泳力検定会実施細則